この記事を書くきっかけ

この間,大学の先生のお祝い事があって,研修先で机を並べてあーだこーだ言っていた同級生の ISO 君に会いました.で,“ネットで放射線測ってる人たちって...ねぇ”って話になりました.やっぱりみんなそう思ってるんだな,と思い.少し調べてみると以下に書いてあることが検証されていないのに極端に怖がっている人,極端に安心している人がいて,少し放射線検出について復習しました.これらをもとにイソターネットのみなさんに適度に怖がり,適度に安心し,議論していただくことが,放射線業界界隈のごく片隅に身をおいて勉強したり,幾ばくかのおぜぜを頂いたものとして...やっぱりちょっと義務なのではないかと思う次第です. *1

*1:気になった記事:衝撃スクープ!福島市の大気 恐るべき検査結果を初公開(現代ビジネス)実はこんなに高い あなたの町の「本当」の放射線量(現代ビジネス).現代というメディアに悪意はないし,むしろなくなると良くない的メディアだと思っているけど,後ろの方のリンクこそ,このブログを見てからもう一度書きなおしてほしいとも言える記事.

放射線検出器について

前フリですが,例えば,“玄関のドアの幅がどれだけだろう?”と考えて,ノギスをチクチクやって,“1823.75 mmだな.”という人もいないでしょうし,電子部品のピッチを測るのに 3 m のメジャーをもってきて“んーと...2.5 mm...かな!”ってのもないでしょう.ドアの幅はメジャーがいいし,電子部品のピッチはノギスがないと目的が達成できないこともしばしば.
以上の勘案が,秋葉原ガイガーカウンター売る側買う側双方に欠けてるっぽい.

放射線検出器は概ね蛍光灯だのプラズマディスプレイだのと近いものがあります*1

ポンチ絵を下に示しました.陽極は円筒形,陰極は円筒を貫くように張られていると思ってください *2あ!*3

放射線が検出器に入射してそれがたまたま検出器内のガスを電離(イオン化)すると,検出器内には高い電圧がかかっているので出てきた電子がどこぞの隣のガスを電離して...が雪崩のようになって陽極まで達します.それでもとても微弱な電気なのでアンプを通して増幅して測る仕組み.
ポイントは以下ありまして,
(わずかな放射線を捉えるための考え方)

  • 電極にかける電圧を高めれば,どんどん電離の雪崩が大きくなって,僅かな電離でも検出できるようになる.
  • 検出管を大きくすれば広範囲に通過する放射線をとらえやすくなる.

(大量の放射線でも飽和しない検出器にするための考え方)

  • 電離の雪崩の規模が大きくなりすぎれば,ある電離が起こって陽極に到達する前に次の電離が起こると数え落としが起こる.(不感時間: dead time) *4

即ち放射線計測器でも大量測定向け(メジャー的な)と微量測定向け(ノギス的な)ものがあるわけです.

*1:実は照明器・ディスプレイ業界にも一時期いて,この例えをすると各業界の人に怒られます.放射線検出器業界の人も同様でしょう

*2:ガイガー=ミュラー計数管及び比例計数管(いずれも wikipedia)も参照のこと

*3:今気がついたけど電源のプラスマイナスが逆っぽい,苦労して書いたので脳内変換して読んでください

*4:他,電離の雪崩が放電にならないような仕組み:クエンチングが必要

最低限必要な指針

cpm (counts per minute)及び cps (counts per second)

先ほどの図で,電流計(カウンター)にパルスが一個入ること,いいかえれば電離雪崩ひとかたまりを“カウント”と呼び,一分間に何カウントあったかを cpm,一秒間に何カウントあったかを cps という単位で表します.

何 cpm(或いは cps)で何 Sv に相当するのか

これで大量放射線向けなのか微弱放射線向けなのかがわかります.

測定シミュレーション

環境放射線の測定例がないので,この記事を書くのを躊躇していましたが,みかげのページ に(恐らく)ポアソン分布に基づいた放射線計測の測定シミュレーションがあったのでここから

今,秋葉原で数万円で売っているガイガーカウンターは十中八九 120 cpm = 1 µSv/h あたりです.この計測値を 30 - 60秒積算した平均値を 5 - 10 間隔で表示しています.*1

日本の環境放射線強度はかつて天然ウランが産出された人形峠に接する岡山や鳥取で 0.1 µSv/h 程度.関東近辺では 0.05 から 0.07 µSv/h 程度なので,そのあたりの強度変化はある程度捉えていただきたいところ.なので,(俺定義での)アキバガイガーカウンターで測定するとどうなるか.

シミュレーションの条件は,

  • 120 cpm = 1 µSv/h の ガイガーカウンターを 10 分間動作させた.その間 60 秒間の積算値を 5 秒ごとに表示.
  • 最初の 6.7 分間の放射線強度が 0.075 µSv/h,その後, 3.3 分間 0.125 µSv/h の状態であった.
  • 横軸は実時間(単位:秒).縦軸はグラフの説明のとおり.

私たちがこのガイガーカウンターを通して知りえる放射線の量は青い折れ線の推移しかわからないわけで,対して実際の環境放射線の量は薄茶色のように変化しているわけであって,これでは実際の環境をモニターできるとは言いづらいわけです.

対して,先のリンクにもある 50 万円だか 200 万円するガイガーカウンターだと,

シミュレーションの条件は,

  • 5400 cpm = 1 µSv/h の ガイガーカウンターを 10 分間動作させた.その間 30 秒間の積算値を 5 秒ごとに表示.
  • 最初の 6.7 分間の放射線強度が 0.075 µSv/h,その後, 3.3 分間 0.125 µSv/h の状態であった.
  • 横軸は実時間(単位:秒).縦軸はグラフの説明のとおり.


まあ,これなら測れてるって感じですよね.
以上が,本論でした.

秋葉原を 4 月ぐらい(?)に歩いていたら

おじいさんが“食べ物の放射線測ろうと思ってる”

とか

これは β 線も測れる? γ 線は?

とか言ってる人を頻繁に見かけたけど,“実際に最前線に住んでていつ帰れるか見るために買出しに来た”とか“生まれたばかりの子供がいるので心配で”というのなら.まあ,それはね...という気がしなくもないけど,東京(ホットスポット以外)に普通に住んでて空に向けてガイガーカウンターを向けるのに秋葉原で 7-8 万のを買うってのはどうしてもおすすめできません.

それでも,って人は専門商社でボーナス突っ込むぐらいで買えばいいのではないでしょうか.

生体に対する影響に関することも幾ばくかは思うところがありますが,専門ではないので言及いたしません.

小生の情報の信頼度に関するいくつかの点

イソターネットで辿りついた誰かに,これを書いているのが誰だかバッチリわかってしまいそうですが...

  • X 線スペクトルのコンピューターシュミレーションが卒業制作のテーマでした(文献 1 件あり)*1
  • 長年陰極の材料を開発していました(文献 1 件あり)
  • 表面から出てくる電子の分析をかなり本格的に一時期商売にしていました.
  • 放射線作業管理教育を学校の時と会社に入ったとき二回うけています.

なので,放射線に対してそれなりに素養のある人間の文章ではないかと.

*1:研修先では上記の人が隣で比例計数管やモノクロメーターを拾ってきてストップウォッチ片手に X 線を測っていました